洋紀Hiromichiの部屋

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デュボア「和声学」課題の実作化です その2

先にアップしたT(テオドール)・デュボアの和声テキスト「デュボア 和声学」の中の課題を使って実作化した曲の2作目をご紹介いたします。

和声学のテキストとして、我が国では例の音友社の「和声 理論と実習」全四冊が最も流布していると思いますが、デュボアの「和声学」テキストは、同じ和声学の内容ですので「和声 理論と実習」と内容が重なるところも当然に多くあります。

デュボア 和声学」はフランス語の原書が1921年に出版され、日本では1954年に平尾貴四男氏(作曲家で有名な平尾昌晃氏の叔父)の邦訳で出版。その後1978年に矢代秋雄氏の校訂・増補を経て出版されたテキスト(音友社)が本書になります。
課題実施編の2分冊というシンプルな構成ですが、その内容は100年を経た今日見ても恐るべきものがあります。「和声 理論と実習」では語られていない、あるいはさらに上を行くような内容もあったりして、しばしば瞠目させられました。


ですが実のところ、この「デュボア 和声学」は「和声 理論と実習」では見られないような内容も多く含み、それが時として非常に啓発的な内容を形成していることも珍しくありません。

今回はそういう「デュボア 和声学」の内容をザックリと説明しながら、その中の一課題に対する私の実作化をご紹介したいと思います。

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「和声 理論と実習」の高難度・高レベルの内容を前倒しで出してくる?

私が「デュボア 和声学」でまず第一にインパクトを受けたのがここですね。

「和声 理論と実習」では学習内容が基礎的なものから始まって、次第に難度の高いものに進みます。
和音単体の形体などもそうですし、連結、そして課題自体の長さについても同じことが言えます。学習段階が進むにつれて課題が複雑化しますし、その過程で転調や借用和音などの学習も行われるのです。


しかしながらデュボアの本書は、その初学段階から相当に細かくて厳しい規制事項がどさっと出てきます。
デュボア自身が本書の序文で、これらの規則事項ををいわゆる「厳格様式」に基づく和声処理方法であると述べていますが、そのうち本書で取り扱っている規制事項の一例を、以下に画像付解説を入れてみました。
(画像中の活字がぼけて見にくくなってしまってすみません。なお譜面および音声ファイルなどの著作権は放棄しておりません。以下も含めすべて同様ですのでご注意ください。)

テキストが変わると、そこに示される規則事項も多少変わることがあります。
この「デュボア 和声学」も「和声 理論と実習」に対してそういう差異が少なくありませんが、そのうちでも本書の特徴をあえて言ってみれば 基本的な規則事項の段階で「和声 理論と実習」よりもかなり厳格な規則を設定していることが多いようです。
その一例が上の譜例になります。上の譜例(左)のように、「和声 理論と実習」ではアタリマエのように使用の許されていた「内声を含む並達5度」が、「デュボア 和声学」では全部ではないにせよ、一転して禁じられるのです。

私も音楽理論特に和声学についてオンライン講座を運営し、そこで多くの方たちを教えてきた経緯もありますので、こういうところは本当に瞠目モノです。

ですが「デュボア 和声学」の大きな特徴として、この様な階梯的な段階の採り方がものすごく急激です。
ごく最初から転調の学習が行われますし、ほぼ同時に反復進行(「デュボア 和声学」では「反復行進」と呼んでいる)も早い段階から紹介されています。
「和声 理論と実習」ではⅢ巻後半になってやっと現れる反復進行が、極めて早い段階で学習することとなるのです。


なお、「和声学」課題の実作化「一曲目」のご紹介はこちら↓のページになります。

デュボア「和声学」課題の実作化です その1

↓それからウィキによるデュボアの情報はこちら。


音友「和声 理論と実習」およびこの「デュボア 和声学」どちらもお持ちの方でしたら、「和声 理論と実習」の内容の端々に、何とはなしにデュボアのこのテキストをリスペクトというか、参照参考にしている感触を受けるのではないでしょうか。
私はそういう風に感じ取りましたし、またその証左として、前者テキストの編著者群トップに当たる故・池内友次郎氏の手になる和声テキスト「和音構成音」「和音がイオン」のエンドに、“学習者はこれよりさらに学習を進める場合にはデュボアなどの課題を手掛けるべき”旨の示唆があります。

このような事実から見ても、また実際にテキストの学習や課題実施をしてみてもわかりますが、相当に高度なレベルまでがカバーされている、それが「デュボア 和声学」といって良いのかも知れません。

「二転Ⅱ」も最初のうちから堂々と

そしてこうした細かな内声における規則・禁止事項とともに最初のうちから現れる和音がスゴい!
「和声 理論と実習」ではⅢ巻、それも相当に学習が進んだ後になってしかお目にかかれないⅡの第二転回形(二転)もさらっと現れてきます。

二転Ⅱを含む四声体和声です(上下いずれも私(hiromichi)の創作)。和声を学習中の方は和音分析をされると面白いと思いますので、好奇心が湧かれたらトライしてみてください。(なお一段目の和声は「和声 理論と実習」Ⅲ巻、二段目ではⅡ巻の和音が現れるのでご注意を)


このようにして、早くから「和声 理論と実習」では見られないほどの並達や声部進行の規制を学ぶ必要があります。

「和声 理論と実習」でもこういう進行の規制というのは初段階で出てきますが、初学の方たちにとってはアタマの痛い内容ですし、私も多くの方たちの添削を手がけた経験上からいうと、初学の段階では最もミスの発生するポイントになっているはずです。

要するに「デュボア 和声学」ではこの規制がもっとスゴい!
100年前の刊行物で、今のテキストのように「手取り足取り」の雰囲気ではないにせよ、このテキストを収めるには相当な入れ込みも必要でしょう。

私も正直言って、
「ここまで規制を設けるのか?」
「ここまで覚えきることなんてできるんだろうか?」
「こういうことまで規制して、何か得るものがあるのかな?」
と、このテキストを使い始めた当初は思ったものです。

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すべての種類の和音の連結が視野に入れられる

そしてもう一つ、「和声 理論と実習」との大きな相違点としてあげられるのが、和音連結の可能性。
つまり「どの和音がどの和音に進むべきか」という理論です。

「和声 理論と実習」では、この和音連結(和音進行)が、最初のうちからハッキリと限定されています。
具体的には「Ⅰ巻 39ページ下の一覧」に掲載がありますが、この一覧はそれ以後の学習の中で、和音の形体がどんなに変化したものを学んだとしても、和音連結の可能性はほぼ必ずこの一覧の中に収まります。


要するに、この一覧だけをしっかり覚えておけば、「ある和音の次にはどんな和音を置くべきか」が一目瞭然
これは基本的に最もレベルの高いⅢ巻にまで及びますから、これさえ押さえておけば基本的な和音選びはほぼ困ることはありません。

ところが、「デュボア 和声学」はこのような“縛り”が存在しません。
“縛り”というか、言い換えると「どの和音の後にはどの和音しかつなげてはいけない」、という言い方ではなく、要するに

すべての和音連結の可能性を持たせておきながら、その中で良い和音連結と悪い連結があり、(自分の手で)そのうちから最良の連結を見出していく

というべきでしょう。
つまり、あらゆる和音連結が原則として可能となり、そのような広範な可能性の中から学習者は自身の感性を頼りに和音連結、和音設定をする必要があります。
このように、基礎の段階から学習者の感性を錬磨させるジャンルが豊富、それがまた「デュボア 和声学」の特徴とも言えるでしょう。

これをもっと端的に言えば、「和声 理論と実習」では禁じられている
ⅤからⅣ、
ⅣからⅥ、
ⅡからⅣなどの和音連結の可能性について、最初のうちから平気で現れます。
「和声 理論と実習」では同じくⅢ巻の後半でようやく現れて「」の和音も初段階のうちから現れてくるのです。

「デュボア 和声学」では「和声 理論と実習」でまったく見かけることのない和音連結がたくさんあります。そのうち最も特徴的なのが上の画像の「Ⅴ⇒Ⅳ」の連結と言えるでしょう。
この連結では先行Ⅴの導音(第三音)と後続Ⅳの根音との間で三全音([英]トライトーン、[仏]トリトン、[独]トリトヌス)という不協和音程が生じます。この三全音が声部を違(たが)えて生じた関係が「トリトンの対斜」と呼ばれます。
このトリトンの対斜は同テキスト上、この二つの音を両方を外声、つまりソプラノとバスにおいてはならないとしています(左側)。
この場合、右側の譜例のように、三全音を形成する二つの音のうち、少なくともどちらか一つを内声にすればOKです。

「デュボア「和声学」課題の実作化 その2」ご紹介

ということで、今回もかなり前置きが長くなってしまいました。すみません!

彼の課題は日本の「和声 理論と実習」全4冊と比較すると結構長くて応用が利くものが多く、そんなわけもあって実作化するのがこちらも楽しみになっています。

また、そんな背景から、もうすでにいくつか他にも実作化したバス課題、ソプラノ課題などもあります。

そのデュボア「和声学」の中の課題から、バス課題を拾って2作目の実作版をこしらえてみました。
譜面の前半はこんな風です。

例によって、実作化した都合上、バス自体も自分好みに変形したりカットしたり継ぎ足したり、テキスト「和声学」の諸規則をガン無視している箇所もないワケではありません。

そして、実際に音にしてみたのが以下の動画になります。
前回第一回目の時と同じく、音色はチャンバーカルテットになります。

よろしかったらご笑覧ください。


なお、これも前作と同じですが、あらためてこうして私の方で譜面や曲に作り直してしまうと、これはこれで著作権が生じます。どうぞご勘弁&ご注意を(汗)

上のウィキペディアでも紹介されているように、デュボアはもともと作曲家で、多くの作品も残しているはずなのですが、むしろテキスト「和声学」は、少なくともネット上や古書販売などで見る限り、彼の作品よりもよく取り上げられているようです。

本記事で取り上げているの日本語訳版が1970年代に音友社から出版されていたものも今は絶版状態になっていて、なかなか入手困難になってしまっています。
(ずっと前に神田の音楽専門古書店で見かけたことがあるけど、今あるかなあ?)

ということで、いずれにしてもデュボアのテキストは古くから日本でも珍重され、また重視されていたテキストになります。

他にも「対位法とフーガ」というテキストもあり、邦訳はないようですが、フランス語の原語版は以下からダウンロードが可能ですね。
いわゆるパブリックドメイン化されていて、自由にダウンロードして入手できるようです。

ただ、こういう理論書というのはいくら人気が無くて購買部数が乏しいジャンルとは言え、そのために絶版になったり刊行終了してしまったりするのは、大きな目で見てその分野の損失に間違いありません。
だから、あくまでも次善の策になりますが、そういう理論書、実用書が発刊されたら(内容によりますが)、積ん読状態になってもよいからなるだけ買い求めておくのが吉でしょうね爆。

※本記事は
2020年3月17日初アップ
2022年1月7日再構成して再アップ
しています。

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