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声部の飛び越し(超越)とは?「和声 理論と実習」(音友社)に全然ないけど重要なキモ!

音楽関係の用語として、「声部の飛び越し」、またはちょっと硬い表現で「声部超越」という言葉があります。
和声学上の用語の一つですが、これを知っている人はなかなかレアかもしれません。

何しろあの「和声 理論と実習」(音友社)にすら見かけない、珍しい部類に入るのがこの「声部の飛び越し」、もしくは「声部超越」という言葉です。

でも、はっきり結論から言いますと、この意味、そしてその理論を知らないで和声学の実習作業をしていくと、思わぬ落とし穴にはまります。
このため、私の運営している和声学・対位法のオンライン講座サイト『和声教室オンザウェブ -海-』では、受講されている方たちにすべてお伝えしています。

実際に音大や音楽専門学校の和声学課程などでは、学習させられているかも知れませんが、ただそうとはいえ、テキスト上に直接的な記載がないので、私にとっては推測の域でしかありません。

今回はそういうわけで、今和声学を勉強している方たちをメインな対象としていますが、同時にそういう音楽理論を知識として知っておきたい方たちなどにもお送りしてみます。

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声部の飛び越しとは?

まず、いったい「声部の飛び越し」というのはどんなことを言うのか?
これを説明しますと、下のようになります。

二つの和音が連続する場合、基本的にそのうちの上下に隣接する二声部同士で、音程の上下関係が通常と逆転する声部進行があるもの

です。
ちょっと目にしただけではピンとこないかもしれません。
いや、私の文章力の問題もあります爆

なお念のために今更ながらお断りしておきますが、もちろん私自身は純粋に音楽のアマチュアであり、単なる愛好者として趣味の延長上で語るにすぎません。

ですので、他の音楽関係のテーマのページもそうですが、この「声部の飛び越し」に関してより専門的、学問的な意味や理論を求めたいと思う方がいらっしゃったら、やはりそういう専門家の方たちへお尋ねするのが得策と前もって申し上げておきます。

ふつう、和声学では音域の異なる四つの声部、つまり高い声部から順に「ソプラノ・アルト・テノール・バス」を対象にして学習・実習を行いますが、和音を設定する場合、およびその和音を連結する場合、これら各声部の音域の上下の順は守られなければなりません。

たとえば、ソプラノの上にアルトが来たり、テノールがバスの下に来てはならないのです。
和声
ところが、一個の和音の中でこういう上下関係を守っていたとしても、そこにもう一つ和音を連結させた場合、そのつながりの中で考えて見ると、各声部が上下に進む中で、互いに隣の声部の音程がもう一方の声部の音程よりも上に行ったり下に行ったりしてしまうことがあります。

その結果、一つ目の和音にあったある声部の音の高さを超えて、隣の声部がもっと上(下)の音に行ってしまう現象が見られるのです。

これが「声部の飛び越し」または「声部超越」と呼ばれる現象で、譜面に例示すると下のようなものがあります。

赤い線で結んだ二つの音に「声部の飛び越し」が生じています。基本的にやってはいけない声部進行です。

よく似ている「声部の交叉(こうさ)」とは?「和声 理論と実習 Ⅲ」の後ろでボソッと

ところで、ここでぜひ一緒に押さえておいて頂きたい和音上の現象があります。

これが「声部の交叉(こうさ)」です。
たとえば、上の方でアップしている譜面で言うと、下のように右の譜例の中でソプラノとアルト、テノールとバスに声部の交叉が生じています。
声部の交叉

ここでご覧になっておわかりと思いますが、「声部の交叉」というのは、一つの和音だけについて生じる問題です。
これに対して今まで語ってきた「声部の飛び越し」というのは、二つの連続する和音の間で生じる問題になります。

ですが、上下に隣接している声部どうしの上下関係に支障を来す、という意味では両者は共通しているといってよいと思うのです。

バッハの編曲によるコラールの中での『声部の交叉』のパターンの一つ。
この譜例はバッハのコラール編曲を参考とした私の創作ですが、バッハがコラール旋律を四声体合唱に編曲する際、この譜例のように内声やバスをメロディックに加工することも多く、その結果として隣接声部との交叉がよく見られます。
上の譜例ではアルトにスケール進行のメロディを持たせたため(緑線)、テノールとの交叉が生じています(赤枠)。
なお上の譜例中、「フェルマータ記号」はコラールの譜面独特で、通常のフェルマータ記号とは違い、ひとまず「フレーズの切れ目を示す記号」と押さえておいてください。

「声部の交叉」よりも軽いレベルの禁止事項?

ただ、結局のところ「声部の交叉」が一つの和音の中で生じる上下関係の問題に対して、「声部の飛び越し」は二つの和音にできる問題です。

このため、「声部の交叉」よりも上下関係の問題の重大さが若干薄まる、と考えてよいというのが私の私見になります。

そして上の様な理由のためだと思うのですが、たとえば例の「音友和声」テキストでは、初級の赤いテキスト(Ⅰ巻)でこそ正式には「声部の交叉はダメ」という解説はありません。
ですが、間接的ながら四つの声部の上下関係を初歩の段階から譜面などを通じて規定していますし、またその巻末(p.122)には補足的な説明として、ちゃんと「声部の交叉」を載せています。


繰り返しますが、「声部の飛び越し」はそれでも直接的な指摘や説明の形では全然出てきません。
はっきり言って、この声部の飛び越し(超越)は、「音友和声」に代表される和声学のテキスト上では重箱の隅、さらにそこからも消えてしまっている状態。
私の知る限りですが、どのテキストにも出て来ないのです。

けれど、基本的には悪進行としてとらえられるはずです。
その理由ですが、この「音友和声」を例にとりますと、テキスト中に出てくる各譜例、そして実施例を網羅している「別巻」でも、「声部の飛び越し」を使った譜例は、下に示した一連の許容事項を除けばごくごく少数です。

いや、確かにそういう譜例もありますが、実のところ「例外的な許容」レベルとして、使用しているような譜例や実施例となっています。

ですので、結果として普通、「声部の飛び越し」は避けること。
それが間接的にわかると言えると思います。

基本的には悪進行?「声部の跳び越し」をしてはいけないワケとは

ただ、それでもテキスト上に明記のない限りは
「だったら逆に、暗黙にであってもかえって『許してもよい』進行だと受け止めても良いんじゃないだろうか?」
とも考えられなくはありません。

しかしながら、やはりテキスト上、あるいはその実施例で『声部の飛び越し』を行っている箇所というのは少数であることに鑑(かんが)みる限り、慎重であるべき現象になります。

ではそのような実施例、譜例の少数という事実をひとまずおいておくとして、理論上、なぜ「声部の跳び越し」をしてはいけないのか?

この理由ですが、上の譜面(「×」の方)のようにソプラノがアルトの下に潜ったり、バスがテノールの上に来たりすると、元々それぞれの声部が持つ、各音域全体の本来の上下の順序を混乱させてしまうことにより、正しくあるべき四声体の構成を阻害してしまうことになります。

この問題は特に「声部の交叉」で顕著なので一緒に取り上げてみたわけですが、本来各声部が分担されて持っている音域同士の上下関係を壊してしまうことになるわけです。

このため、特に暗黙のうちですが、「やってはいけない進行(和音連結)」となりますし、また学習過程が初級より上へと進んでいっても、同じく基本的に避けるべき進行になります。

元々和声学では上の様に4つの声部について、その声部を駆使して四声体による和声実習を進めていくわけですが、その際、この四つの声部は、以下のようにきっちりとそれぞれの音域が守られなくてはなりません。
まずこれがスタートラインにある理屈です。

そして、それぞれの声部の音域が異なる、差があるために、結果として各声部が互いに音程上の上下関係を形成することになります。

ところがよくよくこれら各声部の音域を見直せば、上下に隣接している声部同士、あるいはさらにその上、または下の声部との間に共通の音域があることがわかります。
つまり声部は異なるのに、その声部どうしの音域がダブる範囲があるわけです。

声部と音域

緑の線で結んだ二音が、隣接声部どうしの共通音域です。
なお、を付けて示しましたが、隣接声部からさらにもう一つ先の声部どうしでも共通音域があります。バスとアルトの共通音域(ピンクの音符)とテノールとソプラノ(青い音符)がそれですし、さらには上に記入はしていませんが、ごく少ないながらバスとソプラノとの共通音域もあることがわかると思います。


だから、これら共通の音域でなら、本当のところ、どの声部でも上の音を使おうが下を使おうが、基本的にかまわないわけです。

ですがだからといって、四つの声部について、互いの声部同士における正しい上下関係の順序を崩してしまう、それが問題になるわけです。
これが「声部の飛び越し」の問題の基本になると考えてよいでしょう。

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全部を悪進行で禁止は難しい?

ただ、和声学の実習作業をした方ならおわかりの通り、「交叉」に対して「声部の飛び越し」を全部「やってはいけない進行」とくくってしまうのも、酷であり、「やり過ぎ」とも感じる場合があります。

結局のところ、一つの和音に生じる「交叉」と、二つの和音の間で生じる「飛び越し」の違いになりますが、「交叉」に対してある程度各声部の上下関係の混乱が緩和される、そういうものととらえられるべき「飛び越し」なら、ある程度は緩和・許容するべきものもあってよい、というべきですし、「悪進行だから全面的な禁止にしてしまおう」というのは難しいと言うべきでしょう。

こんなケースなら許して欲しい「声部の飛び越し」

実際、声部の飛び越しが生じていながら、これを許容するケースも和声学テキストで見かけます。

一番有名なのは、たとえば「音友和声」Ⅰ巻の最初にある、「Ⅴ→Ⅰ」の連結におけるテノールとバスの「飛び越し」でしょう。
「声部の飛び越し」許容例
上の譜面の通り、バスとテノールの間の「声部の飛び越し」は、テキスト中でちゃんと許容事項に示されています。
(念のため、「音友和声」では、上の許容例を「声部の飛び越し」ではなく、「並達1度の例外許容」として示されています。ですがごらんの通り、「声部の飛び越し」も生じているのです)

また、「音友和声」に限らず、他の和声学のテキストでもほぼ間違いなく許容されているケースです。

さらにまた、他にも以下のような連結の場合にも許容されていると言えるでしょう。
許容されている声部の飛び越し
なぜかと言えば、以下の連結の譜例は「音友和声」にもしっかり正式に載せてありますし、またバッハの編曲した四声コラールなどの実曲でも見かけます。

なお、この譜面のような「声部の跳び越し」の場合、テキスト中でもこうして掲載していることを踏まえて、私の運営している和声学・対位法学習の通信講座「和声教室オンザウェブ -海-」でも、以下のような許容の説明をして学習されている方たちにお伝えしています。

【「声部の飛び越し(超越)」の許容事項】
声部の飛び越し(超越)は、二つの隣接する声部間において、

  1. 一方または両方の声部が内声であり、かつ
  2. 声部の飛び越しを形成する二つの音の間で2度を形成する場合には許される。
  3. また、上記で許されるとしている「声部の飛び越し」は、そのニ和音の中で一つだけとする。

    上の譜例中、「声部の飛び越し」が生じている2音をそれぞれ赤線で結んでみました。
    左の和声は「声部の飛び越し」が二つできあがっているので「3.」により×。
    また右の譜例は、「声部の飛び越し」が2度にとどまっているため、「2.」により〇。



    ☆念のため、こういう規則を設定できた根拠を示しますと、まず第一に「音友和声」に代表される和声学テキスト上で示されている各種の譜例全般、そしてまた、特に「音友和声」テキストシリーズの「別巻」で示されている各和声課題の実施例、さらにはバッハの編曲による四声体コラールの実作上における「声部の飛び越し」の諸例を網羅的に確認し、それらを総合して導いてみたものです。
    また、さらに付言しますが、特に本記事の下で紹介している「実用 鍵盤和声」テキストの解説、および上記バッハの編曲した四声コラールなどには、上で説明した規則だけでは解説し切れていない規則・許容事項もあると考えています。
    ただ、そこまで突っ込んで解説するのはちょっと細かすぎる嫌いがあるので、ここでは割愛しています。

何で「声部の飛び越し」が音友和声テキストにも出てこないの?

今回はかなりマニアックな内容になってしまったと思います。
何しろ、和声学テキストで一番メジャーな「音友和声」にすら出てこないような論点事項になっています。

ですが、もちろんそれでも掲載したり解説してくれているテキストはあります。

たとえば、私もムカシはいろいろなテキストや理論書を買ったり呼んだりしたことがありましたが、そのうちおよそ30年以上前に買い求めたテキストで、下の「実用 鍵盤和声 川原浩著 音友社」というテキストには、その許容条件なども含めて、かなり細かく「声部の飛び越し」について語っているのです。

鍵盤和声」というジャンルは文字通り、四声体の和声学の王道からちょっと外れて、鍵盤楽器全体に対しての和声書法を説いているものになります。
要するに、鍵盤楽器が持つ固有の特徴をベースに考えられた和声の運用方法を教えるものです。
その内容はテキストによって様々で、中には純然たる鍵盤楽器用の練習過程が中心となるものもありました。
ですが、この「実用 鍵盤和声」はその中でも通常の和声学の学習過程に傾斜している方で、だからこのテキストを購入当時、「音友和声」を学習中だった自分からすれば、すごくツボを突いた良書で、とてもわかりやすい内容だと感じたりしています。

これも私の私見になりますが、和声学の学習過程でもちょっと傍系になるものとして、「鍵盤和声」というジャンルがありますが、よく考えてみれば、鍵盤楽器のように基本的に声部の区別が付けづらい、そして人声ではないから異なる声部ごとに音が独立したりしない、個性が見られない楽器の場合、擬似的に音程の高さ低さ「だけ」で声部を小分けして割り振る必要があります。

そういう楽器をターゲットにすると、むやみにそういう擬似的な声部どうしで上下関係を混乱させるような「交叉」や「飛び越し」は、やっぱり余計に好ましくない、と言えると思うのです。

けれども、くどいようですがやはり重要性はかなり高いはずで、だからこそ「音友和声」でも暗黙ながら譜例や実施例の中で間接的に“避けるべきもの”、あるいは“条件付きで許される”としているにちがいないのです。


でも、なんでそんな重要な事柄なのに、「音友和声」はもとより、普通の和声学のテキストでは出てこないのか?
私自身にとってもこれがいまだに大きな謎になっています。

ただ、確かに、声部の「交叉」までならそれなりにわかりやすいですし、ひとまず初学段階では「やっちゃダメ」と規定しやすい事柄ですが、「飛び越し」の方は許容と禁止のボーダーが付けづらい部分も確かに出てくるかもしれません。
だからもしかしたら、そういう背景もあって、テキスト中には明記できなかったかもしれません。

たとえば実際に私自身の学習上の体験で言いますと、私が和声学の学習を継続する中で、この「声部の飛び越し」を学んだのは講師の口からじかに言われたものに限ります。
要するに、テキスト中の諸事項、説明事項とは別にして、そこに負荷する規則事項として、です。

というわけで、今回はちょっと変わった、あまり目にしないけれど、知っとかないとやっぱりまずいだろうな、という「声部の飛び越し(声部超越)」についてでした。

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