洋紀Hiromichiの部屋

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対位法テキスト「池内友次郎著 『二声対位法』『三声ー八声対位法』」を推す理由

私の運営するオンライン音楽講座『和声教室オンザウェブ』
その講座の一つ、『対位法』のコースでは、池内友次郎著 『二声対位法』を長らく利用し続けています。

二声対位法

私が添削サイト『和声教室オンザウェブ』でも利用している「二声対位法」テキストです。
初版は昭和40年(1965年)ですが、これは昭和56年(1981)の「56刷」。
今は同著が2750円に値上がっていますが、当時は1200円で買いました。


なぜ対位法のテキストとしてこの『二声対位法』を利用しているのか?
今回はそのあたりの理由を、持論と交えてお伝えしてみたいと思います。

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ここまで微細に、精密な学習内容を

著者の池内友次郎氏が他界されてもうずいぶん年月が経ち、また本書も元々は『二声対位法』に続いて『三声ー八声対位法』、そして『学習遁走曲』が別冊として続編に連なっているものの、この二つの著書も絶版してしまって本当に久しいです。

このような背景には、単に著者の逝去という理由の他、対位法という学習ジャンルの持つ特性も影響していると考えられます。
というのも対位法と並ぶ音楽理論のもう一つの柱である和声学と異なり、対位法は二声はともかく、三声や四声、あるいはその先の五声以上の「多声対位法」や二重合唱、さらにはその先に控えるカノンやフーガなどの学習が、相当な専門性を持っている、そのような難解性があるからです。

これを言い換えれば、たとえ音大生であっても二声対位法以外はなかなか踏み込めない、ぶっちゃければ相当にマイナーな学習過程となっているということのようです。

対位法の学習過程は通常、一番単純な二声から始まって徐々にリズムの複雑さや声部の数を増し、一つの区切りと考えられる四声までの全課程を経験するにはかなりの時間が必要になります。
語弊を承知の上で言いますと和声学よりもはるかに地味、言い換えれば難しい分野です。
私は音大出身ではありませんが、それでも師について対位法の学習過程を経てきた経験がありますので、確かにこのように感じることができます。

【速報】「三声―八声対位法」「学習フーガ」が新版となって再刊!(2024/2/1)

このたび「三声―八声対位法」「学習フーガ」が新版となって再刊になりました。(2024/2/1)


絶版となって何年もの歳月が経ち、正直なところとして私などは「このテキストももうこれで廃れていく一方なのかな?」みたいに悲観していたフシもありました。
だから驚きとともにこの再版をほぼ手放しで歓迎しているところです。

またいうまでもありませんが、音楽関連の職業や学習をされていたり、趣味としてこうした方面に打ち込んでいる多くの方たちが密かに心待ちにしていたことではないかと思います。
私自身、個人的な感想として正直「ウソだろ!?」という驚きとも「やったやった、とうとうやった」という喜びがあります。

私のオンライン講座《和声教室オンザウェブ》でも長らくこれらの入門版といえるであろう「二声対位法」を使って受講生の方たちに学習講座を開いていたものの、続刊となるこれら2冊が絶版状態のままかなりの年月が経ってしまい、非常に不便を伴っていました。また言うまでもなく、学習者の方々への配慮についても常に申し訳なく感じてもいました。

今回この「二声対位法」もまた新版として再版の運びになっているとのことで、今の気持ち的には長らく覆っていた暗雲が割れて明るい日が差し込んだ、というところですね。

でも私は、現在でも出版刊行を続けている『二声対位法』を長らく使用して学習者の方に教えていますし、基本姿勢としては今後も変えるつもりはありません。要するに半永久的にイチオシのテキスト。そう言ってよいと思います。

なぜか?
それはひとえに本書が大変優れている、と個人的にも思っているからです。

その理由を独断偏見を交えてポツポツ語ってみましょう。

説明・規則事項が最も細かい

一番の長所と思えるのがこれです。
対位法のテキストというのはちょっとした楽器店やなどで見かけても地味な部類で、なかなか多くを取りそろえているものとは言えないですが、ひとまずそのような複数の対位法テキストの中でも一番解説や規則事項が詳しい、そう言ってよいと思います。

何しろ対位法の学習過程というのはメジャーな範囲として四声までの学習段階がありますが、この『二声対位法』はその名のとおり、二声という最も初段階のフェーズだけですでに一冊の本として分冊されているくらいですから笑

私の所有する池内友次郎著「三声ー八声対位法」、「学習フーガ」のテキストです。
前者が第2刷(昭和57年(1982))、後者は第1刷(昭和52年(1977))。ともに定価2800円で、「二声対位法」より後で買いましたが、何れも確か大学時代です。
「二声対位法」よりも高価でサイフに響きましたが、当時はまさか絶版になるとは思いもよりませんでした。


結果、当然の予想としてその内容が他のテキストよりも説明や規則事項、あるいは作例事項などがかなり微細に、そして多量に及んでいるにちがいない、というわけです。

だからこれも当然ですが、学習する側からすれば大変な負担かも知れません。
覚えるべき諸規則、マスターすべき書法がそれだけ膨大になるわけです。

ですが他方、そのようにきちんとレールが敷かれている学習過程を経験することにより、より細かくより正確に音符の動かし方、規則事項をマスターできる、という利点もあります。

実際に私もこのテキストで学習した経験がありますが、ここまで細かく丁寧な規則というのはさすが日本人特有というか、少なくとも自分の知見の中では他のテキストに類を見ないほど、といってよいでしょう。

だがそれは同時にまた学習者がまごつくことがないような配慮がうかがえる、とも言えると思います。

独学による“独善”、講師相互間の“ぶれ”を解消?

対位法はよく
「教師について学習する必要がある科目」
という言われ方をします。

それはなぜか?
と私も考えますが、結局のところはその真逆の場合を考えれば思い当たると思います。
つまり対位法は特に、独学などによる独り合点や独りよがりが生じやすい学習形態ではなかなかよい効果が上がりにくい分野である。
そういう科目の筆頭になりやすいから、ということだろうと思います。

他方、教える側にとっては、こういった微に入り細にわたる規則や説明事項があることで、

教師ごとに異なる方向性、思考の差が生じることを防ぐことができる

というメリットもあると思います。

こういった音楽教師相互の問題に関しては、私のような「※愛好家レベル」が言及すべきではないかも知れません。


上のように私が自分自身を指して「愛好家レベル」と言ってしまうと、《和声教室オンザウェブ》でせっかく受講料金を払って学習されている方たちに対して失礼にあたるかも知れません。
このあたりはお詫びしなくてはなりませんが、これはあくまでも音大などの正規の学術的な課程を経ている方たちと私とは“異なる経緯”であること。それを明らかに表現しておきたいという意図からですので、過度に自己や受講者の方たちをを卑下したりするつもりはまったくありません。そのように捉えていただければ幸いです。

その理由は言うまでもなく、愛好家とか趣味で手がけている人間が持つものに対して、音楽教師つまり「生業(なりわい)」として、そして自己の生涯的な研究や追求を継続している人たちは絶対的に上回るものを有する、少なくとも社会通念上はそう考えられるからです。

ですがそういう音楽教師における「教師相互のレベルの差」を考えると、どうしても上のような理屈に行き着きます。

当然ながら複数の音楽教師を考える場合には、そのレベルの差、得意分野や専門分野による思考や指針の違いなども現れると思われます。

極端に言えば対位法が得意な教師、不得意な教師、という案配です。
他にも生徒に教えるのが得意、不得意、というような教師の資質自体の問題や、生徒との「相性」などもあるでしょう。

私の経験で言っても、対位法は和声学以上に教師の「色」が出やすいかも知れません。
テキスト中、何気ない規則や禁則を徹底的に遵守させられたり、あるいはテキスト上にないような規則事項を持ち出して学習者に課することもあります。
かと思えば、問題となるべき音の進行などを見逃してよい、というようなケースもありました。

私は一人の教師にしか対位法は指示しなかったので比較はできないものの、ですが和声学の学習と比較してみると、対位法はけっこう「教師ファースト」があるかも知れません。
私も教える立場になってみてわかりますが、対位法はテキスト上の規則事項の他にもマスターしていくべき微妙な“約束事項”があって、それも一緒に学んでいく、そういうケースが増えることになります。

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日本人の手になる著書

対位法のテキストで、少なくとも書店やネット、楽器店などで音楽関係の書籍をみると海外の音楽家によるものもよく見られます。

ノエル=ギャロン、マルセル・ビッチュ共著「対位法(音友社)」などはその典型だろうと思います。
こちらも版を重ねていることもあって非常に定評があるテキストと考えられます。

現にかなり年月を遡りますと私が二十代の頃、たまたま東京芸術大学の音楽学部の学生さんと話す機会がありました。
その方の話として、芸大の作曲学部では今回のブログ記事でいう『池内教本』とともに、この『ギャロン教本』が対位法テキストとして使用されているとのことでした。
確証はありませんが対位法は新刊があまり出ないこともありますので、こういった状況は今もそうそう変わらないのではないかと思います。


ということで、こうしたものにはもちろんそれなりに優れた著書も多いと思いますし、実際に使っている音大もあると聞きます。
だから後は変な話
「日本人の著したテキストの方がなんとなく安心じゃないかな?」
みたいな曖昧なポイントで選ぶことになるかも知れません。

それを考えると、やっぱりこの《池内教本》はオススメの一つです。笑

なお、『三声ー八声対位法』が『学習フーガ』とともに待望の復刊となって喜んでいたところ、今度はもう一方でこの《ノエルギャロン対位法》がいつの間にか絶版になってしまってますね。ハッキリ言って気づきませんでした。下世話な言い回し恐縮ですが、世の中はままなりません。

(抄)故・池内友次郎氏について

著者・池内友次郎氏(1906ー1991)についてはウィキペディアなどに譲りたいと思いますが、独断偏見でごくごく大まかに紹介してみますと、

戦前にパリオ音楽院で学んだ後、帰国後に東京芸術大学(芸大)の音楽学部教授に就任し、

以降、従来の独流から仏流へと音楽教育の流れに変化をもたらし、

数々の音楽作品とともに理論書を著し、

(以下敬称略)島岡譲、黛敏郎、諸井誠、三善晃、池辺晋一郎、そして矢代秋雄などなど多くの優れた音楽家をその門下に排出している

という、要するに日本の音楽界でトップに君臨していた人です。

よって上のような経緯からもうかがい知れますが、その著書の一つ『二声対位法』は同氏の音楽上の膨大な資質と業績、その片鱗を見ることができるに違いありません。

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