洋紀Hiromichiの部屋

洋紀Hiromichiの部屋は、自作曲と和声など音楽通信講座、そして英語のサイトです。

対位と対位性(二声の実施例)

対位、そして対位性という言葉、聞いたことがないと思います。
いずれも私の造語です。

対位法をご存じの方はだいたい察しがつくと思いますが、
・対位というのは、2本以上の異なるメロディが同時に発音されていることを言い、
・対位性というのは、そのメロディどうしが互いにどう対立し、または関連し合っているのか、その状態や程度を示すもの
と考えていきます。

今回はこの言葉を使って、自作の譜面をご紹介しながら、ちょっと柔らかめに対位法を語ってみたいと思います。

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対位法は音楽書架でもしょぼいスペース。学習者にも敷居高すぎ?

 この頃は一昔前と違って対位法に関する書籍がめっきり少なくなりました。

イヤ、ある事はあります。
新刊の書籍も発売されたり、幾世代も前からのものを新たに新刊として出版し直しているのもよく見ます。

 けれど実際、書店では音楽関係のコーナーのずいぶん小さなスペースでのみ見ることが出来るのみですね。
どこの音楽関連本の書架でもしょぼいです。
このまま行くと、消滅するかもなどと危惧します(笑)。

もちろん和声学でもそうですが、こういう音楽テキストはそうそうどどっと売れる種類の本ではないということ。
間違いなくどこの書店や楽器店でも、和声学の本の方がずっと広いスペースを持っています。

こういう状況の原因として、ひとつには、対位法の学習や実習となると、

  • すごく難しい。
  • 時間がかかる。
  • つまらない。
  • やっててもミになるのかならないのかわからない、ムダじゃ?
  • 実用・作曲の役に立たなそう。

みたいな感想が出てくるかも知れません。
要するに、学習する方たちにとっても敷居が高い分野です。

 対位法の学習過程となると、普通は類的対位法と言って2声から始まって種々の段階を経て対位法の訓練と習得を課せられると思います。私の運営している和声・対位法のオンライン学習サイト「和声教室オンザウェブ ー海ー」でももちろんそういう方針です。

でも、学習をご経験したことのある方なら重々おわかりの通りで、手間のかかる、難しい。和声学よりもずっと根気がいる。

そんな手間のかかる技法に関しては今の世知辛い世の中は、特に最近、スルー出来ればしてしまおうという音楽教育のポリシーもあるのかも知れませんし、対位法のテキスト類がこのところ余計に控えめなのは、その現れかもと思います。

 しかし対位法は依然として作曲技術に多かれ少なかれ必須要件としてついて回ります。
実際、西洋音楽の歴史を紐解けば対位法の歴史の方が和声よりもズンと古いわけです。

そしてまた、殊にクラシック音楽の分析となれば対位法の頂点といえるバッハの作品を始め、対位法の技法を絶妙に用いることによって名だたる名曲が作られていますし、やっぱり否が応でも何かにつけ向き合う結果となります。

 さて、そんな対位法は上記に記載の通り通常習うとすれば類的対位法のカリキュラムに沿うことになりますが、このカリキュラムの創始はひとまず大体バッハと大体同じ時代の音楽家であるヨハン・ヨゼフ・フックスまで遡ります。

 フックスはその教本のフォームをルネサンス期のイタリアで活躍したパレストリーナとフックス本人との対話形式で類的対位法の訓練を解説しています。

 その彼の施したこのような学習課程を根本から俯瞰してみると、彼は以下の2本の学習課程をその類的対位法のカリキュラムの中に施していると言えると思います。

【類】とその進行

 まず第1には対位法の持つ要素を「類」という単位に分解し、簡単な「類」すなわち対位法の要素から始めて次第に複雑な「類」に進んで行くと言う課程が根幹にある、と言うこと。

 そしてもう一つはそのような個々の「類」を、まずは単純なリズムの種類による結合から始めて次第に複雑な「類」の組み合わせに進むと言うものです。

 後者については2声よりも3声、3声よりも4声の方がより複雑な組み合わせになることが想像できますが、フックスのこの教本を斜め読みしたところ(もちろん日本語訳)3声、4声についてはひとまずそういう複雑な内容を避けているようですね。

 そのような対位法の「類」はまず原則的には全ての類につき所与の定旋律という固定された定旋律があり、学習者はその定旋律に各「類」で規制された対旋律を付けることで訓練して行く事になります。

音程の対位

 ですがここで私自身は、もしもさらにその前段階として、というか別な視点から見た場合、対位法で学習され練達されていく「要素」を細分することが出来るとすれば以下のようなものもあるだろう、と思って考えてみました。

 それというのは、つまり同時に奏でられるメロディ線同士の相対的な関係を「対位」と言う言葉で表し、それを大まかに2つの要素で示したものです。
 対位法は詰まるところ二本以上のメロディ同士の組み合わせを問題にしますから、そのメロディの要素をさらに細かく分解したということです。
音程の対位
 上の譜面は定旋律を下声におき、それに対旋律として上声に付けてみたものです。「音程の対位」という対位のみを上の譜面では示しています。
 定旋律はバッハの平均率第2巻「変ホ長調」のフーガのテーマの拡大形です。対旋律は以下のものも含めてすべて私(hiromichi)のオリジナルです。

 メロディの要素は主なものとして音程、リズムを始め音色や音の強弱などに分かれると思いますが、それらの種々の用件を除いて5線譜のみのごく簡単な音楽表現のみを考えた場合、音程リズムが主要な2つの用件になると思います。

 そこで音程による対位、まり定旋律と対旋律との間の対位が音程による要素だけを抜き出したものを「音程の対位」、リズムのみを抜き出したものを「リズムの対位」と名付けてみました。

 前者は定旋律と対旋律がメロディの進行方向(上行、下行や保留)が互いにどれだけ対立しているかを見るものであり、後者は両者が互いにどれだけ異なるリズムを使っているかを見るものです。

 上の譜面は定旋律に対して「リズムの対位」、つまり定旋律と異なるリズムを使うことは避けて「音程の対位」すなわち音の上下進行の関係が対立する事のみをもたらしたものです。
 定旋律対旋律とも同じ全音符を使っていますが、フックスの課程では通常「第1類」つまりもっとも初歩の段階として現れます。
 これが私の言う「音程の対位」であり、それ以降の類、つまり四分音符対旋律やシンコペーション対旋律、そして加齢対旋律を用いたものは、この「音程の対位」に「リズムの対位」がミックスされた練習過程ということになります。

 「リズムの対位」のみを純粋に取り上げれば、結局リズムつまり音価の違いのみを扱っているので、上のごとく定旋律と対旋律同士によるメロディの進行方向の相対関係を全く取り払って考えることが出来ると思います。

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【リズムの対位】を純粋に追いかければ、メロディがなくなることも?

 ただ、「これでメロディといえるか?」
と言う疑問も湧きます。
微妙なところかも知れませんね。

単に音の打つ時点、リズムのあり方だけ。あくまで両者とも全て「同音程の保留」と考えても良いわけですから、そこにメロディーを持つかどうかは何とも言いかねます。

 結果として、もしも最低限これを「リズムの対位」と認めるためには、双方の音程がまず異なること。
そうでないと、極端な話二つのメロディーが同音つまり「完全1度」の中で鳴っていることもありうるわけですし、そうなると双方の「メロディ」の、他方に対する独立性も無くなります。
 だからこそ、上の譜例でも対旋律と定旋律の音程を2オクターブほど離して説明しているわけになります。

メロディって何?

 その前にメロディというものについて、あくまでも個人的な意見ですが定義が難しく感じます。 
ちなみに、ウィキペディアの定義をみるとこうあります。

ある高さと長さを持ついくつかの楽音が前後に連続して、それがリズムに従って、連続的に進行する(演奏される)ことによって、何らかの音楽的内容をもつもの。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%83%87%E3%82%A3

 考えようではすごくいろいろな解釈が出来るかもしれません。

 そこであくまでも私個人の愚見として。
ひとまずはメロディをウィキの説明よろしく和声、対位法と一緒に
音楽を構成する主要素の一つ」とし、そして
耳につながって聞こえる、音程とリズムを持つ音の流れ
とでも言っておけば良いかなー、と思います。

 あくまでも私個人の独断偏見が込められていたりするので、この辺すごく曖昧です。
ですので、話半分程度にご理解ください。
そして特に本格的に音楽を勉強される方は、むしろ識者の方々の見解に“耳を傾けて”ください。W

【対位性】

 さてハナシを戻して。
 上の2つの譜面で「音程」「リズム」二つの対位を示す譜例としてみましたが、同じ対位の要素を比較した場合、対位の度合いがどれほど強いのかを示すのが「対位『性』」です。
対位性」というのは異なるメロディが同時関係的に存在した場合、互いの独立度の度合いを示す尺度です。
これもあくまで私が勝手にこしらえた造語です。

 旧来対位法や対位法に関する事柄を扱う書物の中では互いのメロディの「独立性」をさしてこの対位性を表しているようですが、単にメロディあるいは声部の独立性と言うだけの場合、それが対位法からの観点における独立性とともに、他の視点つまり音色や音の強弱などによる独立性までを含む可能性の出ることは否定できないと思います。

 そこで対位法における諸問題であることをより鮮明にするという立場からこのような言葉を考えてみました。
つまり対位性というのは、あくまでも五線譜上の音符同士の関係にのみ、コトを絞って考えていくものです。

 そんなわけで対位とともにも対位性も私の造語なのですが、もしかしたらこれらは他の書籍上ですでに取り扱われているところかも知れません。もしもそうなら私の不勉強と言うことで、ヒラにご容赦を(^^;)。

類的対位法の実施例

 そこで、類的対位法の課程として、ひとまず対位性の豊かな実施を出してみます。
 つまり大体の目安として、下の2つの要件を備えているように配慮して対旋律実施を施す、そういうコンセプトを持たせている実施内容です。

  1. 「音程の対位」なら反進行つまり互いの声部が逆方向へ進むものがもっとも対位性が強い
  2. 「リズムの対位」ならばなるだけ互いに異なるリズムを持つ場合もっとも対位性が強い

ということになります。

 フックスの課程では以上の用件を類が進むに従って盛り合わせ、次第に複雑なリズムの組み合わせに進むわけです。下にそれらを示します。
(ソプラノに対旋律&バスに定旋律)
対位法実習例
 上記の「類」の課程は2声のみを扱いましたが、単純に考えて3声、4声ともこれら4つ5つの課程を経る事になります。
 ちなみにこのページ上で掲げた全ての対位法実施のための諸規則は故・池内友次郎氏の教則本「二声対位法」によっていますが、私の方で細かなところを緩めに規則を設定してみたところもあります。
あしからずご了承を。

 でも実際、対位法の実習作業になると、大変です。
こういう二声は基盤であると同時にまだ三声以降が控えています。
そして各種の「類」を混合させて異なる「類」を同時に取り扱う課程も必要になります。

 あのベートーヴェンも若い頃これを習わされたらしいですが、彼は短気も手伝って禁則破りを屁とも思わなかったとか聞いています。
でも言ってみればこのようなカメの歩みのような学習課程ですから普通の人でも「ガマン比べの学習課程」といえるかも知れません(笑)。

(2019年4月13日 旧サイト「hiromichiの部屋」より移転&再構築/2021年05月6日改訂)

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