洋紀Hiromichiの部屋

洋紀Hiromichiの部屋は、自作曲と和声など音楽通信講座、そして英語のサイトです。

創作音楽用語4⃣「バスの質屋」

創作音楽用語です。
今回は質屋さんが絡んできます。
ついでにバスもです。

「バスというのは要するにBass、バス声部なんだろう。だがハテ何で質屋が出てくるんだろう?」
音楽理論がテーマの記事なので、こういうふうに思う方もおられるかと。

でも、もしかしたらバスというのはあのクルマのバスかも知れません。笑

高速バスもいよいよ便利になりました。私も都心や空港へ向かうときなど最近はJR使わなくなってきています。


しかしそもそも、ホンモノの質屋というのが、果たしてバスを質にしたりして店を開いたりするんだろうか?
いや、中にはそういう人がいるのかも知れません。

でも質草というのは普通はもっと小さい貴重品があてられるものです。
腕時計、ブランドのハンドバッグ、指輪やネックレス、宝石といったものですよね。

えーと、初っ端からもうちょっとハナシを外れます。
私は質屋を利用した経験はないです。
ですが、古本屋に本を売りに持ち込んだことは何度かあります。
ブックオフではなく普通に個人経営している古本屋さんで、今をさかのぼること2,30年前のことです。
て言うか、その頃はブックオフまだないですし笑

おおむねは引き取ってくれましたが、大半は安く買いたたかれます。
思い通りの金額で売れたことはまずなかったですね。爆

一度ヤケのある古いマンガ単行本を10冊くらい持ち込んだら断られてしまっています。
あと、当時の人気マンガ「YAWARA!」単行本全巻を持ち込んだら何とわずか500円ポッキリ。
アレは悲しかったです爆

で、ハナシを戻しますが。
でも私本人は、いちおうれっきとした音楽用語としてこの言葉を作っています。

そしてこの記事では、まず
非和声音
経過音
刺繍音(ししゅうおん)
倚音(いおん)
経過的倚音
という用語を知っておく必要がありますので、記事の前半はこれらの説明です。
こういう用語が初見の方にはちょっとハードですが、なるだけわかりやすく説明しますので、よかったら読んで知ってください。
知っている方は飛ばしてくださってけっこうです。

ということで、前振りが地味に長くなってしまいすみません。
今回はこの奇妙な用語「バスの質屋」の説明です。

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バス声部で7度と8度が連続

カンのよい方、音楽理論に堪能な方なら大体お察しかと思いますが、上でネタ振りした「質屋」という言葉。
これは要するに音楽上の音程のことです。
7度、8度。
これをそれぞれ「しち」「や」と言い換えてくっつけているわけですね。

そして、この7度と8度の関係が連続して、バス声部に使われている、ということ。
そして今回もまたこのおじさんがかかわってきます。

コレでネタ明かし。まちがいないです。

要するに、7度から8度への順次進行、つまり経過音が、バス声部上で使われることを意味しているわけで、この際に問題となるポイントがある。
そして、その問題を解決。
クリアして乗り越えていける方法がある。
それが今回の創作音楽用語のホネです。

ということで、まずはこの経過音というものにちょっと説明してみましょう。

経過音についてー非和声音(和音外音または転位音)のひとつ

経過音というのは、よくいう非和声音のひとつです。
つまり、ある和音が鳴っているときに、その和音の構成音ではない音となる音のことですね。
そしてざくっというと、下の三つがこの非和声音の大きな特徴になります。

  • 非和声音の直前もしくは直後、またはその両方に、ほぼ必ずその非和声音の「元」となる音が存在する。これを「解決音」という。
  • ふつう非和声音は次に、あるいはその前にある解決音へと向かう。これを「解決する」という。
  • 非和声音とその解決音とは、ほぼ必ず2度の音程をつくる。

これはもちろん私が芸和とも音友和声とも呼んでいる和声学テキスト、「和声 理論と実習」のⅢ巻に説明されていて、そこでは「転位音」という名称で呼ばれています。
細かい違いはありますが、ひとまず大方は両者は同じ意味と考えて大丈夫と思います。

また、この非和声音は、「池内教本シリーズ」というべき和声学テキストのひとつ「和音外音(絶版)」で、その書名の通りの「和音外音」とも呼ばれています。

絶版となって久しい「池内友次郎著 和音外音 音楽之友社」。古本です。神田の「古賀書店」で20年以上前に500円でゲット。
外見はそこそこ傷みがありましたが、それでも貴重な品でした。
「音友和声」にはない考察や理論がかなり豊富で、今でも変わらず読み応えを感じます。

この経過音の説明を、下の画像にまとめてみました。

【経過音】

上の画像では、説明が簡単になる様に一番上に経過音の声部を持ってきています。
おわかりかも知れませんが経過音は上の様な性質上、非和声音の中でもっとも使用頻度が高いものの一つといえると思います。

なお、この経過音と並んで音楽理論上でよく目にする非和声音の一種に、刺繍音というのがあります。
比較の意味で、ついでにコレも以下の譜面で説明しておきましょう。

【刺繍音】

ごらんの通りで、刺繍音というのは前後に来る和音構成音がまったく同じ音となりますから、非和声音の中でも一番単純なものといえると思います。実際、和声学でも対位法でも一番最初に非和声音を学ぶときには経過音と並んでこの刺繍音が必ず取り上げられます。

バスにある経過音は厄介?

ということで、経過音の説明を一通りしてみました。
この経過音は上に付け足した刺繍音やその他の非和声音と一緒になって、音楽やメロディにより豊かな動きをそえる働きがあります。

ところが、非和声音はあくまでも「和音の外の音」ですので、和音の構成音と一緒に鳴らすと必ずそれで不協和音程、つまり“耳障りな音程、響き”が発音されます。

だからこういうクラシックの音楽理論では、そういった非和声音たちを非常に細かな規則で縛って、慎重な扱いを求めているわけですね。

一方、これまで譜面と一緒に説明してきた経過音は、その使い方については一番「当たり障りのない」、安全な使い方で説明してきました。

それが一つには音域が「一番上の声部」、つまりソプラノ上で使う経過音です。上の譜面の通りです。

ということは、逆に一番リスキーな使い方を使おうとすれば、ごくシンプルに考えれば一番下の声部、つまりバス声部で使う経過音がこれに当たる、ということでしょう。

この考え方は当たっていそうですが、結論から言うと、問題はそこではありません。
つまり、経過音はバスでもソプラノ同様、いくらでも使えます。

声部にかかわらず、基本的に経過音や他の非和声音もほぼ自由に利用できます。

ところが、その経過音の「位置」を変えることで、大きく問題が生じるのです。

経過的倚音は要注意!ソプラノや上三声でも使用不可能なことも

その位置とは何か?というと、和音の発音点、つまりその和音の開始点です。
つまりその和音がスタートする時点です。
この理屈は経過音も含めた非和声音全体についてほぼ同じです。

そして、そういう和音の開始点に非和声音を使用するには特別な配慮が必要になる、そういう場合が生じるということです。

なお、音友和声ではこのような新しい和音の開始・発音を「和音交替」といい、その開始点・発音点自体を「和音交替点」と呼んでいます。(「和声 理論と実習 Ⅲ巻 p.75、76」)

「音友和声」テキスト、つまり「和声 理論と実習 音楽之友社」Ⅲ巻で和音交替点という用語が和音の開始点を示す用語として現れます。
上の譜例のように、複数の和音が連続して並んでいる時(=複数の和音交替点がある時)、それらの間に様々な音が介在したとしても(上の譜例ー2段目ではソプラノだけですが)、和音記号つまり和音が変わらなければ新たな和音交替点は生じません。つまり和音交替点は当初のまま不変となります。


今まで上でご紹介していた譜面にある経過音などの非和声音は、実はそういう和音の開始点(△マーク)をすべて外して使用していますし、「そう言われてみればそうだ」と気づかれるでしょう。
つまり刺繍音もそうですが、経過音も基本的にはすべて開始点は避けて使われるものです。

ところが、刺繍音や経過音が開始点に使われるケースというのが実はあります。
経過音の場合、それが「経過的倚音」と呼ばれるもので、経過音と言うよりは倚音(いおん)という、別な非和声音の一種に入ります。
そして、実は今回の創作音楽用語「バスの質屋」は、この経過的倚音の一種になります。


ふぅーっ、やっと「バスの質屋」に説明がたどり着きました!(疲労 爆)

倚音の説明

倚音の意味を知ることも必要なので、またザックリと説明してみましょう。

倚音とは、和音開始点(=和音発音点、和音交替点)上における非和声音の一種です。
これが上で述べた経過音とか刺繍音と大きく異なります。
譜面で表すと、次のようなものですね。

倚音は経過音や刺繍音と比べると扱いがやや難しい非和声音です。
表情豊かなメロディができることも多く、そのためよく使われますが、反面なまじ和音の発音点におかれるため、唐突さが増したりすることもあります。


ごらんの通り、倚音とは和音交替点つまり和音の開始点に来ている非和声音です。
こうすると、普通は不協和の度合いが経過音や刺繍音よりも一段とキツくなります
その一方でまた上の画像キャプションのとおり、音楽的な表情がより豊かになることもある、味わい深い非和声音です。

経過的倚音は前後の音の動きが経過音と同じ

さて、この様な倚音ですが、下の譜面をご覧ください。

「経過的倚音」です。倚音の一種ですが、ふつうの倚音よりもその前後関係が経過音と同じなため、いくぶん穏やかな表現が得られるようです。


上の譜面上の倚音の場合、その前後の音の関係をみれば一見すると普通の経過音と同じです。
つまりある和音構成音から音階順次進行(スケール進行)をとったまま、その後に前とは異なる和音構成音へと直線的に入って「解決」しています。

でも、「音友和声」テキストの理論としては、これは経過音に見えるだけです。
あくまでも「和音開始点に来ている非和声音」ということで、倚音の仲間です。

そして、この経過的倚音をバスに持ってきた場合にできるのが、実は今回のテーマ「バスの質屋」です。

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和声学ではタブー!

このバスの質屋、その独特の硬い響きを問題視してか、和声学の学習過程では基本的に禁じられます(下の譜例)。

倚音とその元の音(音友和声では「原位音」というー「和声 理論と実習 Ⅲ p.113」)との関係が、
・元の音がバスにあり、
・倚音が上三声のいずれかにある
時は問題ありません。
ところが上の譜例のように、
元の音が上にあり
倚音がその下にある
時は禁じられます。
だから倚音が来るのはバスだけではなく、上の譜例の右側のように、とにかく「元の音よりも下」にあればこの禁止にあたってしまいます。

使えることもありますが、上の様な性質上、かなりの条件を付けられているわけです。
念のため、使用できるのは下のような場合です。(なお参照:音友和声Ⅲ p.125下)

経過的倚音の上に、その元の音(音友和声Ⅲでは「原位音」とも)が来る場合、その元の音が前の和音から同じ音を「予備」されていれば、許容されます。
(上の譜例ではバスに経過的倚音を、ソプラノにその元の音を配置していますが)
☆なお上の譜例「※」にもありますが、音友テキスト(Ⅲ)には明記がないもののそのp.125下の解説中、倚音の元の音が(倚音の上にくる声部で)予備ではなく「保留」されている場合も許容事項に入ると考えてよいと思います。
これは上の譜例の「※」にもあるとおりですが、「予備」して音が「再度打ち直されて鳴る」よりも、「保留」された方が響きがより緩和されるためです。


ということでまとめますが、「バスにできる経過的倚音」に限った「バスの質屋」。
ハナシをこれに限った場合、基本的には禁じ手になります。

だけど自在に使っているどこかのおじさんがいる?

ところが世の中困ったもので、この「バスの質屋」を実際の作品上で好きなように使っているおじさんがいる。というわけです。
言うまでもない、このおじさんなワケです。

しかも、細かい音符のガチャガチャした器楽曲ではなく、ずっとそれ以上に音同士の兼ね合いがハッキリしてくる四声体和声、つまり「コラール」の中でですね。

この和声はバッハが編曲した四声体コラールでよく見かけます。
「バスの質屋」の典型例といえるでしょう。

なお、原譜ではバロック当時の習慣上、その表記が実際の音価の半分で表現されていますので、たとえば実際には四分音符の長さを持つ音符の場合でもバッハの時代の表記方法では八分音符の表示になりますが、上の譜例ではそれをやめて現代の表記方法に戻しています。
また、原譜はハ長調ではありませんが、わかりやすくするため上の譜例はすべては長調に直しました。


コラールの中で使っているくらいですから、当然のように器楽曲の中でも使っているみたいですね。(下の譜例)

「バッハ 平均律第Ⅱ巻 ヘ長調 前奏曲」の部分です。
ごらんの通り「バスの質屋」がちゃんと現れています。

なお、Ⅱの2転は「音友和声」ではかなり後の方、それも「別巻 実施例」の補足説明で現れるようなマイナーな和音ですが、この譜例の様に、同じⅡの1転と合わせてその「内部変換(音友和声Ⅲ p.75~)」の一環として出る場合があります。
また、このⅡは短調で使う場合、根音と第5音が「減5度」になりますので、2転和音特有の「低音4度」の問題(音友和声Ⅰ p.100)が生じません。
このため特に短調では、「低音4度」特有の予備の必要もなくなるので、用いやすくなると言えます。
☆☆
この連結は「音友和声」を始めとして、普通の和声学テキストでは出てこない連結です。
ところがバッハの譜面をみると、この連結をまま見ることがあります。
おそらくはバスのスケール進行によって、この連結が自然に聞こえると考えられ、それをバッハが見越して使っていると思われます。


もちろんその使い方、独特ながら限られた手法で使っているのみですが、それが今回お伝えする「バスの質屋」のバッハ版です。

バッハが実作でも使いづらいバスの質屋の「抜け穴」レベルの使い方をゲット

さて、こういう譜例を見てみると、バスの質屋は確かにそのままだと音楽的に生硬な響きをもたらしやすい、といえると思いますが、こういうバッハの譜面を実際に音にならして聞いてみると、それが見事に「堂に入っている」、そんな表現が得られるのではないでしょうか。

実際に上のコラールの譜面などを聞いてみると、確かに7度から8度へと向かう際のピンとくる音のぶつかりがわかると思います。
ですが、よくよく聞いてみると、うまい具合にその7度、8度の関係からバスの線がきれいに浮き出てきて、いかにも

「多声体を意識した四声体和声だな」

という感じがするわけですね。

また、同じく上の平均律からの引用でも同じように、キーボードの譜面でこそありますが上声(ソプラノ?)と下声とが前後のスケール進行に助けられる形で「質屋」の生硬さを乗り越えている、そういう感じもします。
それこそ非常に狭い利用の可能性を彼は独自に見いだし、しかもそれをしっかりと実際の曲の中で非常に効果的に生かしている、そう言えると思います。

こういう譜面をみるたびにつくづく
「このおじさん、ただ者ではない」
という印象を受けますがいかがでしょうか。

対位法ではけっこうよく使われる?「バスの質屋」

ということで、今回はちょっと風変わりな創作音楽用語「バスの質屋」のご紹介でした。

ところで、この説明は上のとおり、和声学をメインにおいて説明し、その実作例などもご紹介してみていますが、一方で和声学と並ぶもう一つの音楽理論、対位法の方では実はけっこうよく使われているもののようですね。

この記事では、あえて和声学の説明としてずぅーっと語ってきましたが、たとえば池内友次郎著「三声ー八声対位法」の混合類の説明などでは、この「バスの質屋」というか、要するにその規則事項の説明の中で

「弱拍(第3拍)の二分音符と四分音符との間で生じた7度が、次に四分音符が8度に動く際」

の許容事項でけっこう許されているケースがあります。

私の所有する池内友次郎著「三声ー八声対位法」、「学習フーガ」のテキストです。
前者が第2刷(昭和57年(1982))、後者は第1刷(昭和52年(1977))。ともに定価2800円で、「二声対位法」より後で買いましたが、何れも確か大学時代です。
「二声対位法」よりも高価でサイフに響きましたが、当時はまさか絶版になるとは思いもよりませんでした。


コレを説明し出すとまたキリがありませんので、今回は端折ってしまいましたが、ただよくよく考えれば、こういう和声学や対位法と言う理論は、

過去のエラい作曲家が見出し、駆使して構築していった書法をまとめたもの

といえると思います。
だから対位法の権威でもあるバッハの書法を取り入れるチャンスがあれば、どんどん取り入れている、そういうことかも知れません。
しかしそれだけに一方で、あの池内教本の諸理論をつぶしていくのはこれまた大変だな、と常々です。

今回はかなり凝った内容で、私自身も説明に苦労しました。
最後までお読みくださり、有り難うございます!

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