洋紀Hiromichiの部屋

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ホルンの5度って何?

和声や対位法を勉強していると禁則というのが出てきます。
要するに使ってはならない旋律進行や和音連結、あるいは和音構成音とかですね。

今回はそんな禁則の中にありながら、特殊なケースとして使用が許されるものがある、というハナシです。

そういうケースは時々見かけますが、今回はそのうち「ホルンの5度」というものになります。
名称的にけっこうなじみ安そうなので、今回ちょっとつまんでみました。

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禁則事項は学習過程上でしか現れない?

繰り返しますが禁則事項とは、和声の課題実施や対位法の定旋律に対する対旋律付け、あるいは作曲する上で使ってはならない和音の連結、進行や構成を指します。
並達8度
ですが、もちろんそういう禁則というのは現実に今ある無数の曲ではそれこそ無数と言えるレベルで用いられているはずです。
だからこれが禁則だとか絶対避けるべきだとかは、ひとまず、あくまでもとした上で学習課程上の、それも古典的様式上でのハナシと考えて良いでしょう。

ですが、それでももちろんのハナシとして、学習上で、そして基本的な音楽理論の理解としてはこれも絶対につかんでおかなくてはなりません。

ということで今回もそんな堅苦しいハナシにチョビ首を突っ込むことになり恐縮ですが、そんな堅苦しいハナシに少しでもモフらせたくトライしてみました。

禁則事項の音楽用語は親しみやすいけどうざい?

ということで現実にはたっぷり自由な様式の曲とか、それほどに規則事項に煩わされないスタイルの曲などがいくらでもあふれています。

だからこういういろいろな理論上、学習過程上での規則というのは、学習過程とか特段の音楽様式を持つ実作曲などを除いて、いくらでも無視しようとそもそもかまわないわけですね。
並達5度
ただしそうはいっても、おごそかに「禁則」とあるからには、そこに相応の理由がもちろんあるわけです。

禁則をむやみやたらに破っていくとおかしなものも出来上がる?

ふつう私たちが一般に聞いている、調性音楽。
短調とか長調とかの決まった音階を持つ音楽について観ていきますと、古典やクラシックそのままの厳格さではないにせよ、それに似せたり目指したりするような曲のフォームは、そういう見えない規則事項に今もなお、大きく支配を受けているはずなのです。
土足禁止
だったら、現代といえどそんな音楽の上ではそういう禁則をやみくもに破ってしまうような作曲をすると得てしてオカシなものができあがる可能性がある。
ということは言えるわけです。

それこそ、作る人それぞれの感性の違いも反映されると思いますが、現実に作曲しているとどうしても禁則にをぶつかってしまう局面が現れるものです。
いや、禁則に触れるとまでは行かなくとも、感性の上で“音楽的に面白くないもの、つまらない表現に陥るもの”というのは、それ以上に存在するかもしれません。

まあ、あくまでもひとまず禁則のハナシに絞って行くとして、和声とか対位法の実習などをしている内、連続5度とか並達8度とか、そういう禁則事項を思いがけずつくってしまっていたりすると、やっぱり鬱陶しいというかうざいというか、困るわけですね。
よくありがちなハードルなのですが。

その際あえて強引に禁則を破って作り続けるか、または他の代案を考えて巧みにかわしたり、逃げ回ったりして行くことになるのか?
交通標識
どんな方針をとろうと、このあたりは作曲者のウデの見せ所と言えるかも知れません。

そういうデリケートな禁則なのですが、中にはうま~く使うことで、むしろ音楽上の効果がより素晴らしくなるものがあるのも確かなようです。

禁則事項に見えてもダメなものばかりではない?

だから確かにふつうは禁則の部類に入るのだけれども、その効果がなかなか捨てがたいために古い時代から今の今まで使われ続けているものも実はあるのです。
このため、特例で使用が許されているものもあります。
そういうものは、大体が本来的には禁則事項に当たるのに、音楽効果が特別よいために許されている、というものです。

大体私の経験則から言うと、大方は禁則事項に当たる中、特別に音楽効果の良さを買われて許されている様な場合には、確かによい効果もありますし、同時に過去の有名な作曲家たちもよく用いるようなケースが多いようです。
苦あれば楽あり、それだけに限って蜜の味のように甘い、みたいなものでしょうか。

加えて更には、クラシックに限らず他のジャンルにおいて、自由な作風を指向する意図をにないつつ、従来では禁則となっているものが続々自由に使われるようになっています。

そういう近年と違ってきっちりした古典様式の作曲法の中でも「オキテ破り禁則破りもこれならOK」、という場合があるわけで、それが前者なわけですが、それにはいろいろ面白い名前も付いています。

ホルン5度とホルン8度

さてようやく本題に入るとして、最初に譜例であげてみた「並達8度」とか「並達5度」。
これは基本的に、2つの声部がともに上下同じ方向に進行するとき、次に完全8度や完全5度が形成されるものを指します。

(注)この場合、和声学を学んでおられる方だったらご承知の通り、三声以上の楽曲だったら、どちらか一方が内声であれば基本的に許される、ということもあります。
この辺すごくややこしいので割愛します。まずは二つの声部(=二声)で、あるいは三つ以上の声部がありながら、その外声間にできる並達8度5度とお考えください。

これについてホルンの8度ホルンの5度、という呼び名で知られる特例の並達8度5度があるのです。

これはまず「ホルンの5度」から説明すると、下声を「ミ、ソ、ド」と上行させた際、この三つの音に合わせて上声を「ド、レ、ミ」と順次進行で上行させた際、真ん中の「ソ」と「レ」との間にできる並達5度を指します(下図、左上の譜例)。
ホルンの5度8度
倍音の多い楽器で知られるホルンを用いると、ピストンを使わずにこれらの音を出せ、それゆえにまた、昔からホルンで用います。
このために「ホルンの5度」という名称がついているようです。

同じ理屈で、上声が順次進行しながら真ん中の音程に8度ができるのを「ホルンの8度」と呼ぶわけです。

なお、上行ばかり取り上げましたが、下行の際も同様で、このようなホルンの8度あるいは5度だったら許される、ということになります。
ホルンの5度

場合によっては「ホルンの5度・8度」すら許されないケースが

ここで最後になりますが、ちょっと踏み込んだハナシとして、実のところ学習段階ではこれすら許さないケースもあります。

「並達5度、8度は何でもダメ!」
という、究極の厳格レベルとでも言いましょうか?

たとえば、私が開設しているオンライン講座『和声教室オンザウェブ』の対位法講座で使用している『二声対位法・池内友次郎著』(p.23下[禁則6]など)がそうですね。
あくまでも対位法の教程ですので、和声学のそれとはまた異なるものになりますが。

ここですこしハナシを傍らに振りますが、対位法のテキストは、和声学テキストよりも執筆者や教程によって規則禁則の振れ幅がかなり大きい、という印象があります。

このあたり主観的な印象も混じってしまうのですが、その背景の一つには、
・音楽史を見ても対位法は和声よりも歴史が長いこと、
・そしてその分時代によっていろいろな多声曲が生まれてきたことから、その時代ごとの規則事項ができ、逆にその時代が過ぎればそれが廃れてしまう、という事もあったようです。
・今、つまり現代ではごくごく大まかなハナシとして、こういう背景からギリシャ旋法をそのまま使った対位法テキストもありますし、一方で現代の長調短調の調性に基づくテキストも多いです。現在は大体ですが後者が主流みたいですね。
・ただ、対位法の諸規則禁則を「どう許していくか」「どう禁じていくか」は、ハナシを戻すとかなりテキスト同士で異なります。あくまでも私自身の妄想邪推憶測幻想としていいますと、対位法での規則というのは、和声学以上に微妙だと思います。

ここでじゃあ「何が微妙か?」
と言いますと、
禁止にしたり許したからといってそれほど耳で聞いて変だとか正しいとかハッキリしないケースが多い
というのが有るかも知れない、ということです。

対位法の学習の場合、ほぼ間違いなく最初は二声の実習からですが、その二声の響きというのがはじめの段階からすぐ4声から始まる和声学と異なり、非常に希薄です。同時にそれに伴う形で、いろいろな点で曖昧模糊としています。
こういう「なんだかよくわからない」初学の時点をとりわけ取り上げてみると、そこに対する規則付け、禁則作り自体もものすごく細心の配慮を要求されることになるのかもしれません。

そこにまた実際に耳にしてみて、二声におけるその二つの音をどう判断していくのか、という基準が複数の著者によって大幅に異なってくる、というのは有るかも知れません。

言い出すときりがないのでこの辺で止めますが、「ホルンの5度」も基本的に5度の響きですので、単品で鳴らすと特有の響きになります。

だからこれをどうとらえるかは、テキストごとに違ってくる。
そういう現実もあってしかり。
とだけ押さえておくとよいと思います。

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