
音楽之友社から出版されている和声学のテキストとして名高い「和声 理論と実習」とよく似た書名で、「音楽の理論と実習」というテキストがあるのをご存じでしょうか。
「ある」といってもずいぶん前に絶版となっているので、正しくは「あった」になります。
Amazonなどをのぞいても古書しか出てきませんし、中には定価よりもはるかに高値です。
「和声 理論と実習」は書名のとおり、和声学に関する理論と実習がその内容になりますが、「音楽の理論と実習」はそれに加える形で、というか和声学の内容をその一部と捉えつつ、音楽に関するほぼすべての理論を専門的に扱うテキストとなります。
つまり基本的な楽典から始まって、楽式そして和声学、対位法にも踏み込んでいるという、オールマイティな内容になるテキストです。
これが本書の大きな特徴であり、かつこれまでの音楽書籍には類を見ないような、画期的な内容です。
このテキストに関しては、なかなかネット上でも情報が出てこないのですが、それだけにいっそう興味を湧かせてくれるテキストかもしれません。
今回はこの「音楽の理論と実習」についてお伝えしてみましょう。
「音楽の理論と実習」は「和声 理論と実習」とそっくりな外見
90年代の終わり頃、この「音楽の理論と実習」が音友社から出版され、その後は記憶の限りだとすぐに絶版状態になっています。
本書の前書きによると、故・島岡譲氏の手になる本書はもともと国立音楽大学の副科学生に向けて執筆されたものです。
そして本書は、いわゆる「芸大和声(当ブログでは「音友和声」とも)」と呼ばれる「音楽の理論と実習 音友社」と外見がよく似ているのも特徴の一つです。
もともと「音友和声」の執筆責任が「音楽の理論と実習」の著者でもある島岡譲氏ということで、両者の外見が似ているのもむべなるかな、でしょう。
テキスト自体が3分冊されている状態からしてうり二つ。
具体的に言うと、テキスト本体は3冊の分冊で、それに対して各テキストに対応して解答(模範解答例)集が分冊でつけられ、最後の第3巻テキストに対しては解答集が2冊に分かれています。

上の画像は本書が発売された’98年当時、発売とほぼ同じ時点で購入したもの(テキスト本体のみ3点)に、最近になって通販の古書ショップからテキスト本体およびそれらの解答編である「別巻」と合わせた全巻を一堂に並べてみたものです。
’98年以降、順次続巻が発売されるたびに本書を買い揃えていました。
同時に本書を学習しながら読み進めていきましたが、巻が進むにつれて特に「別巻」の値段がきわめて高くなり、かつまた内容的にも「自分の学習方向に向いているものではなさそう」という感触も芽生えていく中で、結局はテキスト3冊のみを買いそろえただけに終わっています。
その後、金銭的にも余裕ができたところを見計らって音楽専門書店や東京神田・神保町の古書店を回って確認を繰り返していましたがなかなか見つからずじまいでした。
ところが、ごく最近にたまたまオンラインの古書ショップのサイトを開いて確認したら、別巻を含めた全巻が古書として販売されていたので、速攻でポチりました。
締めて6万円。安くはない買い物でしたが、それでも買う価値あり、と決断。長年探し求めていた努力がなんとか報われたと安堵です。
発売当時に「別巻」を含めた全巻を買いそろえなかった理由
ところで、上の画像キャプションでも記載しているとおりですが、私が本書の発売時、購入してみたのはそういうわけで全巻ではなく、別巻をのぞくテキスト本体の3巻のみでした。
そうするとここで
なぜ発売当時、別巻まで買わずにいたのか?
そんなに興味をそそるテキストだったら発売当初に買いそろえようとしなかったのか?
という疑問が浮かび上がると思うのですが、これには理由が二つあります。
そしてよくよく後から考えても、あの当時全巻を買わなかったのは、それなりに正解だったと思えているところです。
「別巻」の値段がまさに“鬼”!?
その理由の一つ目は、別巻の値段です。
ハッキリ言って、当時まだ自力で買うような経済力のない自分にはもってのほかの値段でした。
本書の値段、テキスト本体はそれほど「音友和声」とは異ならないものの、解答集つまり「別巻」になるとやや様相が一変します。
何が一変なのかというと、その値段!
本書1巻テキスト用の「別巻」は定価2千円弱と、まださほどの値段ではありませんが、その上の2巻、さらに3巻となると直言って
「買いそろえてみたい興味と購入をあきらめる、その天秤にかけることになった」
のが発売当初の心境でした。
まず2巻テキスト用の「別巻」、そして3巻テキスト用「別巻」上下巻のうち「上巻」がおのおの9千円超。
そして同「下巻」となると1万2千円超。
あくまでもこれらは古書にありがちなプレミア価格などではなく「定価」です。
執筆者・島岡氏もこの値段については引け目を感じていたらしく、上記別巻の何巻目かの添え書きに、別巻の上梓が遅れたことと並んで“値段の高くなった点についてお詫び”の内容を語っておられました。
あくまでも「副科学生」向けテキスト:和声、対位法が中途レベルで終止
もう一つの理由は、音楽の処理論を一つの書籍にまとめて、それを副科学生向けに享受する目的でつくられたということにあります。
そのような“教授の効率性”を念頭にして、様々な工夫とともに本書が出ていたのが背景にある結果、どうしても和声学や対位法など作曲方面への内容が浅くなるわけで、具体的に言えば
- 和声学は「音友和声」3巻の内容全般にはとどかず、掲載されている課題なども簡易なものまでで終止
- 対位法は、対位法の「第〇類」の実習など、いわゆる「類的学習課程」をすべて省き(!)、その代わりに和声学の学習過程が終わった時点でインヴェンションそしてフーガの教程を出している
という案配です。
作曲の課程をたしなんでいた自分としては、インヴェンションとフーガの章についてはなかなか惹きつけられる内容があったのですが、それ以外の内容はどうしても“中途で終わっている”、“知りたい内容がない”という体でした。
本書独特の専門用語や特殊な「譜面」がハードルに
さらに言うならば、本書のテキスト課程で島岡氏が独自に考案して掲載・教授している内容にも躊躇しています。
島岡氏が本書で述べている「場」などの(新たな?)専門用語、そして特に同氏が考案したとみられる「五線譜」ならぬ「三線譜」とその習得などがそれに当たります。
「三線譜」は1巻テキストおよびその別巻以降はほとんど見かけなくなりますが、それでもやはり通常の5戦譜に見慣れていると戸惑う、覚えたはよいがその後に使う機会も減って忘れることも多い、というのが実際でした。
つまり理論や用途を理解したとしても忘れる場合が増える、そういうデメリットが絶えずついて回る、それが発売時点で本書の学習を手がけた際、ハードルに感じられています。
果たして国立音大の副科学生さんたちが本書をテキストにとって学習しているとどういう感触を得ているのか?
知りうるところではありませんし、今でも利用しているのかも分かりませんが、あくまでも副科である以上、特に楽器演奏などを中心に専念されておられるなら、こうした座学的な学習過程については「広く浅く」だろうと想像しています。
本書にはメリットも多い?
本書全般のシステムですが、章を追うごとに「楽典」「楽式」「和声学」などそれぞれの科目分野が交互に現れるという独特なものです。
副科学生にとっては、このうち自己の履修内容にしたがってあるレベルまでの章まで学習する、ある章のみを選んで学習するなどの方策を採ることになると思います。
こう考えると、一つのテキストシリーズの中に音楽理論の過程全体を持ち込みながら、それを学生に取捨選択するというのはかなり合理的な設計かもしれません。
ひとつには微細で奥深いレベルまでには至らないものの、音楽理論全般を俯瞰することもできることとなります。
学生を教える教授側としてもメリットが大きいと感じます。
楽典とか楽式、そして和声学対位法とそれぞれで別個の著者になるテキストを使うといろいろと面倒が起きるのは素人でも察しが付つきます。
たとえば各書でルールや用語、規範などがバラバラになってしまうという点です。

私が作曲の学習時代に書店で見つけて買い集めたテキスト類です。和声学が大半ですが、その和声学自体、著者が違えば内容や課程、考え方まで異なってくるわけで、ある意味「買えば買うほどに奥が深い」、言い換えると「買えば買うほど迷路にはまる」というふうでした。
終いにはかなりの割合で「最初に運良く見つけて高いお金払って買ったはよいが、一度買ったら半永久に積ん読状態」に陥っています。
独学の悲しさはこういうトコロにあるかも知れません。
逆にこれら各課程を一つのテキストにまとめてしまえれば、そういうトラブルは容易に避けることができるわけで、教授側の負担も減るはずです。
自分なども音大生ではなかったため、このあたりには確かに注目すべきメリットもあると感じました。
学ぶ側の理由になりますが、本来的な音大課程を知らない自分としては、必要最低限な和声学・対位法以外の各理論を習得したり、既存の知識を確認したりするにはある意味うってつけのテキストかもしれない、そう感じたこともあったわけです。
これにさらに付け加えると、結果として、独学ながら本書のテキストを確認・学習した上ではこうした音楽理論上について大きな「欠け」はないと判断できましたし、あったと発覚したとしても
「後で確認的に学習を加えて覚えておけばいいな」
くらいでハナシを終えてます。
そういうわけで、本書のシステムを考えてみると、学生側にも教授側にもなかなかのメリットがあるテキストではないか?
と言えそうですし、本書のシステムは今後もまた利用する価値があるかも知れません。
実際、本書が’98年に発売されましたが、実のところ本書のシリーズがそれ以前にも発売されていたと言います。
本書独自の譜面システムに慣れなくてはならないが
そんなわけで、運良く20何年かぶりでこの「音楽の理論と実習」全巻を買いそろえることができたことをきっかけに、本書の特徴やメリットデメリットをお伝えしてみました。
上記の通り、本書には独特のシステムもあったり用語も増えたりで、そのあたりのややこしさは慣れるしかないかもしれませんし、加えて今は島岡氏がかなり前に逝去されていることとも相まってか再版の情報もなくなっています。
それでも本書の有用性については上記でも述べたとおりのポイントも大きいと思いますし、何より著者の存命中に、一度は再版されてその結果として本書に至っています。
ですので、あくまでもそれこそ「ワンチャンあるかな?」になりますが、ちょっと前の故・池内友次郎氏の手になる胃一連の「対位法・学習フーガ」シリーズ同様に再版の兆しを願いたいところです。




